無神論者の戯言

逢魔ヶ時。
青く美しい空が、血のような赤に食い殺されていく時刻。
その光景は見るに堪えないほど凄惨であり、同時に目を焼かれてしまうほどの生命の慟哭であるように彼は感じていた。
コレをもたらすのは太陽であり、太陽とはすなわち、神である。
空に流れる赤は、神の血潮であるか
それでは、青は？歓びか悲しみか　それとも…

｢ねぇ、みて海馬くん｣
年齢にそぐわない幼く柔らかな口調が耳に飛び込んできて、ふと思考が現実へと帰ってきた。横を見れば、一心に夕焼けを眺めている大きな眼があった。
｢すごい綺麗だよね、宝石みたいだ｣
赤を吸い込んだ瞳は、つやりと光沢を帯び、甘く喉を焼く飴のように思えた。
そっと少年が両手を正面に向かって差し出し、何かを包み込むような動作をみせる。
理解できない動作に多少困惑し、尋ねた。
｢なにを、している｣
｢あのね、ほらこうすると、僕の手に太陽が乗っかってるみたいでしょう？｣
無邪気に口元を綻ばせ、捕まえちゃった、と少年はつぶやいた。
成る程、確かにそう見えるかもしれない。
｢くだらん、所詮はただの目の錯覚にすぎん｣
｢夢がないなぁ…｣
小さな手はそっと降ろされ、手持ち無沙汰に胸元を飾る五角錘に触れる。
そう、実にくだらない。
存在するはずのない｢神｣のついて考えるなど、遂に己もヤキが回ったか。
｢…くだらん｣
再度口にした言葉は、沈み逝く太陽に焼き尽くされた
＊
少年は、神をも畏れず

獏良がその異常な光景に釘付けになっている間にも、水を滴らせる足音は着実に部屋へと近づいていた。
フローリング張りの廊下からかすかに聞こえていたはずの音は、既に獏良がいる部屋の戸の近くにまで迫っていた。
それは明確な意思を持っているようにも感じられ、彷徨う素振りも、探す素振りもせずにまっすぐにこちらへ向かっているようであった。
喜びに震える唇を押さえ、獏良は思う。
目前に広がる｢死｣は、隣人であり、友であり、そして最も尊いものであるのだと。
天音がいる世界は、こうした酷く澱んでいるところなのだろうか、それとも、もしかしたら美しい情景に包まれているのか。
彼が死に固執するのは、幼い日に死に別れた彼女の存在が大きいのだろう。彼が毎日綴り続ける彼女へと宛てた手紙は、彼の異常性を物語っているようにも感じられた。

そしてとうとう、静まり返った部屋に扉が開く音が響いた…

突如、ブツンと言う音を立ててテレビが消えた。
いつしか生ぬるかった空気が、ぞっとするほど冷たいそれへと変化していた。

…さむい。

しっかりと自らを抱きしめ、引き戸の隙間からそっと部屋を覗き見る。
目が、しっかりと闇の中に存在するより濃い闇を捕らえた。
それらは、一体いくついただろうか。
はっきりと細部まで見えないにしても、ひと目で異形と分かるものの集まりであった。

床に這いつくばっている、首がひしゃげた赤子
全身がまるで絞られたかのように捩れている女
猿の顔をした猫…

それらを見て、獏良はごくりと唾を飲み込んだ。
見つめる目は見開かれていて、驚きと恐怖に彩られているようにも見える。
しかし、彼の口元は、しっかりと弧を描き、笑みをかたどっていた―


かくれんぼをしよう、
たのしい楽しいかくれんぼ
ほら、ボクを見つけて？

押入れの中に身を滑り込ませ、そっと時が過ぎるのを待つ。
得も言えぬ生ぬるい空気が場を満たし、それは獏良に素晴らしい充実感を与えた。
テレビの中の、友人達の声が遠く聞こえる。
怒鳴り声の様な宣言、断末魔のような破壊音、まさに地獄の様な場面が獏良の脳内に描かれた。
ひっそりと暗闇の中、こうして遊びに興じる自分とは違う人種なのだ、彼らは。
華々しい栄光、派手な舞台場、本能と理性の狭間の遊戯。
獏良にとって、そのどれもが下らなく、そして一切興味の持てないものであった。
かつての半身が身を投じ、そして死に追いやられていたものであったが、それも既にどうでもいい。
｢まだ、かなぁ…｣
身を潜め、じっと虚空を見つめること数分、変化は起こった。
生ぬるかったはずの空気が、凛と張り詰める。
来た、と獏良は確信した。
自ずと背筋ものび、耳を澄ませる。

水気を孕んだ足が、フローリングを忍び歩く音が聞こえた―

―①　ぬいぐるみの腸を抜いて、お米と自分の爪を詰めましょう。そして、糸でぐるぐるまきにします。
爪を切るの、面倒くさいや。剥いじゃえばいっか。
人差し指の爪を、力いっぱい引き剥がし、血まみれのそれを米と共にぬいぐるみに詰め込んだ。
綿が抜かれ、米を詰め込まれたウサギのぬいぐるみは中身の重さのせいか、首がだらりと下を向いていた。
獏良は器用に赤い糸をウサギの全身に巻きつけ、そして話しかけた。その目は虚ろで、誰から見ても正気の人間ではない。
かわいいウサギさん、ごめんね？
ボクと一緒に、遊ぼうね
そっとぬいぐるみを撫でると、指先から溢れる血で白い頬に染みができた。
―②　ぬいぐるみを風呂桶に沈め、｢最初の鬼は××｣と三回言いましょう。
｢最初の鬼は獏良、最初の鬼は獏良、最初の鬼は…｣
―③　部屋中の電気を消して、テレビのみつけましょう
もうとっくに電気なんてつけてないや。
あ、テレビつけなくっちゃね、
テレビの電源を入れると、丁度決闘王の華々しい過去の戦いが流れていた。
わあ、遊戯くんすごいなぁ。
―④刃物を持って風呂場に行き、「●●見つけた」と言って刺しましょう。
｢バクラ、みーつけた。｣
ずぶり、と包丁を差し込めば、手に包丁の突き刺さる感覚が伝わってきて、それが酷く心地よかった。
｢次は、バクラが鬼だよ｣
そっと手を離すと、鈴を転がしたかのような笑い声をあげながら、軽やかな足取りで外に出た。
深夜、童実野町全てが眠りに付き、狂人達が騒ぎ出す刻時


―さあ、たのしい楽しいかくれんぼのハジマリだ